京都×漫画

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◆五条通り×銀魂

【はじめに】

以前取り上げた、○条通り。
今回は、五条通にスポットを当てます。

 

京都はよく「碁盤の目」のように道路が並んでいると言われますが、

実は、○条通りと○条通りの間隔は一定ではありません

 

 


特に顕著なのが、五条通りと六条通の間隔です。

 

かなり狭いんですね。それに伴って、

 

四条通りと五条通の間隔はとても広く、その約3倍もあります。

 

 

地図を見てみると、

五条通りの北に、五条通りと並行に東西に伸びる松原通という通りがあります。

 

北から、

四条通

松原通

五条通

六条通

ということですね。

 

 

頑張って間隔を線で表すと、

 

四条通り--------------------------

 

 

 

松原通り--------------------------

 

五条通り--------------------------

 

六条通り--------------------------

 

 のような感じです。

 

 

そして、お気づきの通り、もし松原通りが「五条通り」なら、四条通り〜六条通りまでの間隔が均等になるのです。

 

 

それもそのはず、
もともと松原通りが五条通りだった

のですから。

 


なぜ松原通りが五条通りの名を失ったか。

 

かの豊臣秀吉が、当時の五条通りであった松原通りに架かっていた松原橋を、今の五条通りに付け替え、「今からこっちが五条通りね」としたからです。

 

つまり、

秀吉が五条通りを一本南へ移した

ということです。

松原通りはエスパーダ落ちなのですね…

 

 

 

そして五条の橋といえば、

武蔵坊弁慶と牛若丸の伝説

で有名です。


刀狩りをしていた弁慶が、1000本目の獲物として目を付けたのが牛若丸の刀。
大男である弁慶の攻撃を、橋の欄干を使い華麗にかわし、返り討ちにして、弁慶を手懐けた、という伝説です。


この伝説はとても有名で、「なんとなく聞いたことある気がしなくもない」くらいには日本人のほとんどが知ってるでしょう。

 

 

ですが、歴史的に考えると、この橋は、今の五条橋というより、秀吉が移す前の五条橋、つまり、今の松原橋がその舞台であると考えられるのです。

 

この伝説を目的で五条を訪れる方は、お気をつけくださいね!

 

 

 

【本題】

さて、刀狩りと聞いて思い出すのは、

銀魂・紅桜編

ですね。

 

初のシリアス長編?だったから印象も強く、アニメ映画だけでなく、実写映画もここを題材にするほどの有名エピソード。

何回紅桜やんねん、と公式がイジりだすレベルで使い回しされています。

 

 

 

この紅桜編で個人的に好きなシーンは、

 

「何度も同じこと言わせんじゃねーよ。ヅラはてめーみてーなザコにやられるようなやつじゃねーんだよ」

 

と桂を殺したとのたまう岡田に対する銀さんのセリフと、

 

 

紅桜に支配された岡田と戦いながら、

 

「身体の奥底に眠る戦いの記憶が蘇ったのか…」

 

って訳で強さを増す銀さんの姿です。

 

 

 

実写版も本当に面白かった。

出ている役者さんも豪華だし、実写版は別物として面白かったので、まだの人はぜひご覧ください。

 

 

【まとめ】

 人斬り似蔵に気をつけないといけなかったのは、今の五条橋ではなく、昔の五条橋=松原橋

 

※私の世代は、銀魂に笑いのセンスを育てられたみたいなところがあります。Tommy heavenly6さんのPrayは全員知ってるはずです。