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◆【趣味回】鋼の錬金術師『涙』の名場面③

●まえがき

前回ご紹介した、イズミの真理についての見解。

「真理は残酷だが正しい」

 

そう感じる瞬間、ありませんか?

 

仕事で、楽しようとして手を抜いたら後で倍返しされたとき。
料理をしていて、面倒くさがって手順を飛ばしたら激薄味の料理ができたとき。

 

自分の蒔いた種で、不利益を被ったとき、私はこのイズミの言葉を思い出します。

 

ああ… やっぱり真理は正しい…


してはいけないこと、抜かしてはいけないことを犯したら、その報いはやって来るのだ…

 

 

なんて、大げさに考えてみて、負の感情を吹き飛ばそうとしているだけなんですけどね。

 

漫画に救われる瞬間の1つです。

 

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●辛いときこそ、人の優しさが沁みる。(12巻)

両親の仇であるスカーに遭遇し、
エドとスカーの会話から真実を知り、
怒りに任せてスカーに銃を向けながらも、
撃てなかったウィンリィ

 

エドに、


「お前の手は人を殺す手じゃない。人を生かす手だ。」


と諭されますが、

やはり心中は穏やかではない。

 

大好きで、誇りに思っていた両親を、理不尽に殺した仇。
それが目の前にいて、自分の手にはそいつを殺せる銃まである。
引き金を引けば、仇を撃てる。

 

あと一歩。
でも、引き金を引けなかった。

 

その葛藤、そして後悔、無力感、察するに余りある。

 

 

そして、その後、ガーフィールから電話が入る。

電話口で、ウィンリィの顧客から、「早く戻ってきて」「ウィンリィじゃないと」とせがまれる。

 


そこでのウィンリィのセリフ。

 

「ごめんね
 すぐ戻るね
 待っててね
 がんばるから
 がんばるから…
 ありがとうね…」


そして、『涙』が伝う頬のみが伺えるカット。

 


直接顔を見せず、流れる涙だけを見せる演出が多い。そしてそれは、荒川先生の思惑通りか、読む人の心を打つ。

 

 

両親の仇を目の前にして何も出来なかった自分。

そこから生まれる様々な負の感情。

 

それを取り払ったのは、
『誰かが必要としてくれる』という優しさ。

 

人は誰しも、誰かに必要とされたい。
そして、その優しさは、辛いときこそ本当に心に沁みるものだ。


ウィンリィの感情が凝縮されたこの場面は、間違いなく名場面である。

 

 

●残酷な現実と向き合い、堪えきれない涙。(13巻)

ノックスの部屋にて。

リンのために、ブラッドレイを欺くために、自らの腕をぶった斬ったランファン。


その斬られた腕に欺かれて、ブラッドレイが放った一言、

「見事なり」

も名場面だが、今回は泣く泣くスルー。

 


その後、次期王の座を狙うリンの臣下として、強くあらねばという思いからか、腕を斬り落とした影響を感じさせないランファン。

 


しかし、ある時、

鏡に映る自分を見て、


「腕…
 本当に無いんだ…」


そして、額に残った方の手を当てながら、『涙』。

 


残酷な現実にふと向き合ったときの悲しみは、強くあらねばというランファンの心も打ち砕いた。

 

時代や文化が、現実世界とは全然違うとはいえ、腕を一本無くすなんて、残酷過ぎる。
強い戦士であるランファンだって、まだ幼い。

 

ただ、この現実と向き合うことが、ランファンを更に強くしたことは間違いない。

強がりで着飾って、目を背け続けていれば、後に最高の場面で再登場し、私を嬉しさと高揚感で震えさせたランファンを見る事は出来なかっただろう。

 

細かい場面ではあるが、ランファンを成長させた、素晴らしい一場面だった。

 

 

●神様、どうか見逃してほしい…(16巻)

<前回のあとがきに書きましたが、個人的に、この場面がハガレン全ての場面の中で最も心動かされたと言っていい場面です。地味な場面ではあります。でも、ずっと忘れられない。そして、読み返す度にその感動が増す場面です。>

 


腕を治療したランファン、そしてその家族フーに感謝されたノックス。

 

イシュヴァールで人を殺め続け、その罪に苛まれ検死専門にならざるを得なかった自分が、久しぶりに救った命。

 

医者としての仕事を果たし、誰かから感謝される日が再び来るなんて…

 


その後、ノックスの息子夫婦が訪れて来る。

イシュヴァールで人の道を外れてから、自分の家族さえも遠ざけ、崩壊させたノックス。

そんな遠ざけていた家族である彼の息子は、医者を目指すと宣言する。


『医者』である自分の生き様を見てきたはずの息子が、医者になりたい?

食い下がるノックス。
自分と同じ轍を踏ませたくない…


しかし、息子は引き下がらない。
それどころか、ノックスと共に、辛い過去を乗り越えたいと言うのだ。

なぜそこまでするのかと問いかけるノックス。

 

息子の答えは、


「家族だから」


家族だから、ノックスのために一生懸命になれると言い張る息子。

 


自分が遠ざけてきた家族が、こうして手を差し伸べてくれている…

そして、息子夫婦を家にあげた後の、ノックスのセリフ。


「もしも神サマってのがいるならよ
 見のがしてくれよ
 こんな俺でもよぉ…
 家族とコーヒー飲むくらいの幸せは願っていいよな…?」


『涙』で顔をぐしゃぐしゃにしながら、こうつぶやくノックス。

 

 

どれほどの罪の意識に苛まれてきたのか、1発で理解できる場面。ノックスのこれまでの苦悩が凝縮された場面。

 

しかし、その涙の残酷でおぞましい背景とは裏腹に、この涙は嬉し涙なのだ。

 

そこが良い。

 

些細な幸せ。
本当に些細な幸せ。

 

でも、ずっと自分を責め続けてきたノックスが、ほんの少しでも報われた瞬間。

 

良かった。
本当に良かった。

 

この場面でのノックスに感情移入すればするほど、涙が溢れてくる、最高の名場面。

 


●あとがき

ノックスの涙は、嬉し涙でした。

これまで取り上げてきた場面は、悲しみの涙が多かったんですが、やっぱり、嬉し涙の方がグッとくるものがあります。

 

感情移入して追いかけてきたキャラクターと、幸せを分かち合える感覚、それはある意味漫画の中毒性とも言えるでしょうか。

 


ハガレンを一度でもご覧になった方、ノックスのこの場面は覚えておられますか?

 

私と同じく、この場面に感動した方、ものすごく気が合います(喜)
忘れちゃってたなぁ、って方はぜひもう一度読んでみてください。
そんな普通かなってなったとしても、どう感じるかは人それぞれなので、別の場面で大いに感動してください(笑)


友人とハガレンの話してても、あんまり盛り上がる場面ではないので、この場面が1番好きって誰にも話したことないかも…