京都×漫画

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◆寺町通り×〇〇

【はじめに】

京都の繁華街といえば?

そう、『四条』河原町ですね。

 

この2つはどちらも通りの名前であり、四条通河原町通の交わるところが四条河原町と呼ばれるわけです。

 

また、それぞれ阪急線の駅名となっており、そこからもなんとなく場所のイメージができます。

 

 

しかし、京都民が使うとき、その言葉の意味は異なります。

(あくまで個人的な意見にはなりますが、少なくとも、学生時代からずっと、私の周りでは以下の様に使われてきました。)

 

 

『四条』や『河原町』と言えば、祇園や三条、広いときには烏丸の方まで、栄えていてお店がたくさんある、あの辺り全体を指して使うのです。

 

「今日は京都駅か四条どっち行く?」

「とりあえず河原町出たら何かあるやろ」

 

の様に使い、京都の遊ぶところと言えば、

 

 

イオンモールアバンティ擁する八条から、京都駅を挟んで京都タワー・ヨドバシ擁する七条あたりまでを指す『京都駅』

 

祇園・四条・三条・鴨川沿い・新京極・寺町・烏丸など、そのあたり一帯を指す『四条』もしくは『河原町

 

でした。

 

非常にアバウトかつ広めのイメージで、京都駅とか四条と言ったりするので、京都の人と話すときは要注意ですね。

 

 

【本題】

さて、そんな『四条』の中でも、寺町通新京極通はお店も多く、映画館もあったりして繁華街として非常に栄えています。

 

 

そんな寺町通り、その名前の由来は何でしょうか。

 

 

そのきっかけを作った男は、そう、

豊臣秀吉

 

京都の各地に多大な影響をもたらし、応仁の乱で荒れ果てた京都を建て直した男

全武将悲願の天下統一を成し遂げた男は、京都に多くのものをもたらしました。

 

 

その1つが、寺町通り。

 

都市開発の一環として、散らばっていたお寺を一箇所に集め、活気を持たせるとともに、「敵の侵攻を防ぐためにナワバリの外堀にお寺を配置する」という当時のトレンドに乗っかって出来たのが、寺町通りというわけです。

 

 

そんな寺町通り、

現在はお寺と繁華街が共存してる形になっています。

そこで思ったのは、

 

「こんな今っぽいとこになんでお寺あるんやろ?もっとお寺ないとこに繁華街作れば良かったのに。なんか世界観合わへん。」

 

なんてことです。

 

今は思いませんが、昔の、お寺などに興味のない、カラオケやラウワンに心奪われていた若い私はそんな疑問を抱いたものです。

 

 

 

当然、寺町通りが繁華街になった理由があります。

 

昔から、お寺は、縁日などの催し物がある日は特に、人々が集まる場として重宝されてきました。また、お寺の境内は、たくさんの人々が集まるにはうってつけの広場だったのです。

 

 

明治時代になり、天皇が東京へ移ってから、京都の町は活気を失っていきました。

 

そこで、逆転の一手として思いついたのが、お寺の持つ人を集める力

 

そのお寺が集まる、寺町通りを歓楽街としてリニューアルしようと考えたわけです。

 

 

お寺本堂自体はそのままに境内を狭くして、その分芝居・寄席小屋や遊技場、料理店を数多く建てることで、その目論見は成功しました。

 

東京の浅草・大阪の千日前とともに、日本三大盛り場と呼ばれるまでに復活を遂げたのです。

 

 

つまり、お寺があったからこそ寺町通りは繁華街候補として選ばれ、そのまま繁華街へと成長した、というわけです。

 

 

【まとめ】

お寺が集まっているから寺町通り。

寺町通りが繁華街になった理由も、そのお寺にある。

 

※京都の学生あるある。「四条のジャンカラ・ラウワン・サイゼ行きがち。」今は別のスポットが生まれているかも…