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【うちはを守るために…】世界遺産・宇治上神社×NARUTO

宇治の紹介と宇治上神社の紹介

宇治といえば、京都の中でも有名な観光地です。

特に有名なのが、宇治茶平等院

 

宇治茶は全国的に有名で、至るところで宇治茶使用のポップや謳い文句を見かけます。

そして、平等院は10円玉や1万円札のデザインに使われるほど日本にとって歴史的・文化的価値のある寺院で、世界遺産に登録されています。

 

実は、宇治には、平等院の他にもう1つ世界遺産があります。

それが、宇治上神社

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宇治川を挟み、平等院の対岸にあるこの神社。

平等院ほど荘厳な造りでなく、庭園もない、質素なこの神社が、なぜ世界遺産に選ばれたか。

 

それは、日本最古の神社建築だからです。

宇治市や奈良文化財研究所などの研究員が、年輪年代測定調査という調査を実施した結果、1060年頃に本殿が造られた!ということがわかり、日本最古の神社建築ということが実証されました。

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年輪とある通り、この調査は樹木の年輪を利用します。

つまり、建築に使われた木材を調査したわけです。平安時代後期のこの本殿が残っていることがどうして価値を持つのか。


それは、応仁の乱という京都の街を焼き払いめちゃくちゃにした戦いや、京都を襲った数々の大火事を経てもなお、焼失しなかったからです。

木材を使用した歴史的建築物は、これらにより軒並み焼失してしまい、今見ることができるのはほとんどが再現されたもの、レプリカです。

 

1000年近く前に建てられた建物を見ることができる宇治上神社、ぜひ訪れてみてください。

宇治上神社にまつわる伝説

宇治上神社に祀られているのは、

応神天皇・仁徳天皇・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)です。

 大阪にある応神天皇陵、仁徳天皇陵は、

日本の前方後円墳と呼ばれるお墓の中で、1.2フィニッシュを決める大きさを誇っていて、教科書にも出てくるので、名前をご存知かと思います。

 

また、応神天皇は、実在した可能性が高い人物の中で、最初の天皇だと言われています。

そして、仁徳天皇は、その息子です。

では、菟道稚郎子とは誰か。 

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*この写真は宇治神社のものです。

彼は、仁徳天皇の弟です。

天皇の息子ですから、皇太子という立場にいました。

 

しかし、彼には悲しき伝説が残っています。

それは、

父である応神天皇の死後、跡継ぎ争いによって平和が脅かされることを避けるために、兄である仁徳天皇のために自ら命を断ち、皇位を譲った

という伝説です。

 

跡継ぎ問題が引き起こしてきた争いは、日本の歴史が物語っています。命を賭してでも防がなければならないものだったのでしょう…

 

ちなみに、「菟道」という字は、昔たくさんあった、「うじ」の表記の仕方の1つです。こう書いて「うじ」と読んでいたとは不思議ですね~

この漢字は、読み方こそ「とどう」となりましたが、今でも宇治に地名として残っています。

紫陽花で有名な、三室戸寺のあたりです。

 

また、「郎子」の部分は、名前につけられる敬称で、

「〜命(みこと)」や、「〜王(おおきみ)」など、メジャーな敬称に比べ、

例の少ない、非常にレアな敬称だとされています。

 

このように、祀られている人物にも非常に興味深い歴史があるのです。

うちはマダラと、うちはイズナ。

さて、彼の伝説を聞いて、何か思い浮かびませんか?

そう、マダラの弟・イズナ

 

イズナもまた、平和のために兄に身を捧げたのです。

 

時は戦乱。

忍の一族の中でも傑出した力を持つ一族、

森の千手一族うちは一族

初代火影となる千手の柱間とうちはマダラは、ある日とある川で出会う。

石を対岸まで投げる遊びを楽しむ2人。

 

しかし、その時代は、

「戦国時代…忍と国民の平均寿命は30歳前後…」

「その平均を大きく下げていたのは」

「多くの幼い子供達の死だった」

 

柱間・マダラともに、兄弟を殺され、戦いに巻き込まれる日々。

そんな日々の中で、マダラはつぶやく…

「その弟だけは何があろうとオレが守る‼」

そうマダラがつぶやいた場所が、後の木ノ葉の里となる。

マダラは、友達といえる柱間と夢を語り合った…

しかし、一族の運命から逃れられる術はなく、

決裂

友情は決裂し、それぞれ一族の長となり戦い続ける日々。

そんな中、柱間の弟、後の二代目火影・扉間がイズナに致命傷を与える。

その場をなんとか逃れたマダラとイズナ。

イズナがとった選択は、

兄であるマダラに自分の目を差し出すこと。

万華鏡写輪眼は、強大な力と引き換えに、やがて光を閉ざす

しかし、他者の万華鏡写輪眼を移植することで移植された方の写輪眼は永遠のものとなる

イズナは、うちは一族のために、兄に自分の目を差し出すことにしたのだ。

うちはが戦いに勝利することが平和につながると信じて…

そしてマダラは覚悟を決める…

「この前の傷が元で弟は死んだ…」

「うちはを守るためにオレに力を残して!」

 

休戦を望む柱間に対して、マダラが弟への愛情ゆえにそれを受け入れることなく、戦いが続いたとは、皮肉なものである…

 

マダラを追い詰め、再び手を取りあおうと持ちかける柱間に、マダラはこう告げる。

「今 弟を殺すか… 己が自害して見せるか」

「そうすりゃお前ら一族を信用してやる」

ばかばかしい提案。

しかし、柱間の心の内は違った。

「マダラはちゃんと選択肢をくれたのだ…」

「弟を殺さないでいい選択肢を…」

「奴も分かっていた 弟を持つ兄としての心の内を…」

そして自害しようとする柱間をマダラが止め、

遂に千手とうちはが手を取り合ったのだ。

 

という背景が65巻で遂に明かされましたね。

万華鏡写輪眼の開眼方法・デメリット・その解決策、

全てが「愛情深い」うちは一族を体現していますね。

 

イタチとサスケの物語はもちろん、

うちは一族の兄弟の話は感動するエピソードばかりです。

 

余談ですが、

柱間は良い奴で扉間は悪い奴、そう見えがちです。

個人的には、

柱間は自分が最強であるが故に持ち得る包容力を備えており、

柱間に比べれば凡庸な扉間は規律を重んじざるを得なかった。

つまり、柱間のうちはに対する優しさは、「何かあれば自分がなんとかできる」という自信がどこかにあったからこそ持ちえたものではないかと思うのです。

柱間が優しいのを否定するつもりではなく、扉間が行った政策には、正当性があったのでは、という意見です。

戦乱の世においては、誰かに優しくするために力が必要だったのかもしれませんね…

 

現代においても、「力がないから、優しくしたくてもできない」ケースがあると思うと、NARUTOはやはり人生の教科書ともいえる素晴らしい漫画です

まとめ

宇治上神社に祀られるは、平和のため、兄のために身を捧げたイズナのような皇子様。

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