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【名前の由来・正式名称・伝統行事】三十三間堂×BLEACH

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三十三間堂基礎情報

今回ご紹介するのは、三十三間堂

京阪・七条駅から徒歩7分のところにあります。

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三十三間堂という珍しい名前は、横長の本堂内に、柱と柱の間が33あることが由来とされています。

なんといっても有名なのは、1000体にも及ぶ千手観音立像が立ち並んでいることでしょうか。

 

江戸時代には、競技として、その端から端までの約120メートルを一昼夜かけて矢で射抜き続ける、『通し矢』が行われていました。

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1686年の、和佐大八郎による、成功数8133本が最高記録とされています。

8000本…人間の力では不可能では…?

そんな通し矢にちなみ、毎年全国の弓道有段者が集まり、大会が行われています。

 

また、三十三間堂には、魅力的な回遊式庭園もあります。他の有名観光地に比べると小さめですが、それでも非常に風情のある美しい庭園です。

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三十三間堂 正式名称とその由来

さて、三十三間堂は通称であり、正式名称があります。

それは、蓮華王院

とてもカッコいい名前ですね。

今回は、その蓮華王院の名前の由来に迫ります。

 

蓮華王院の由来、それは蓮華坊という僧侶です。

では、一介の僧侶が後世に残る素晴らしい寺院の名前の由来になったわけを見ていきましょう。

 

蓮華王院を建立したのは、後白河天皇

当時最先端の、『今様』と呼ばれる歌が好きすぎて、声が出なくなったことが三度あるらしい、後白河天皇。

私達がカラオケで歌いすぎて声出なくなるみたいな庶民的なやらかし方をする後白河天皇は、身内からも無能と呼ばれたりしたそうです。

しかし、天皇を退いたあと、34年間もの間院政を行い、実はめっちゃ有能だったと示した彼は、後白河上皇として、の方が歴史の教科書にも良く出てきたかもしれません。

 

そんな後白河天皇は、頭痛に悩まされていました

どうしても治らない頭痛。

熊野神社を参拝した後白河天皇は、なんとかしてくれと祈願しました。

すると、洛陽因幡堂の薬師如来に祈れ、というお告げを受けます。

その通り因幡堂へ赴くと、夢に1人の僧が現れ、こう告げたのです。

「帝の前世は、熊野の蓮華坊という僧侶です。蓮華坊は、修行をめっちゃ頑張ったので、帝に生まれ変わることができました。しかし、蓮華坊の亡骸の一部である、髑髏が川の底に沈んでいて、その穴から柳が生えて、風に煽られた柳とともに髑髏が動くから、頭痛に悩まされているのです。」と。

そして、後白河天皇がお告げに出てきた川を調べさせると、なんとお告げ通り髑髏が沈んでいて、そこから柳が生えていたのです。

後白河天皇は、平清盛に命じ、別荘に千手観音を本尊とする仏堂を作らせ、髑髏を千手観音の中に納めて、柳の木を梁に使わせました。

すると、頭痛が治ったそうです。

そして、その仏堂こそが、蓮華王院なのです。

そう、蓮華王院の由来の蓮華坊とは、蓮華王院を建立した後白河天皇の前世のお姿だった、というわけです。

弓使いと言えば、1人しか思い浮かばない

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三十三間堂に伝わる、通し矢

1日で8000回的を射抜いたという記録は、人間には不可能に思えます。

しかし、人間でそれを塗り替えることができそうな人物を1人知っています。

そう、滅却師・石田雨竜

涅マユリに、「人間に許された力の…領域を超えているヨ」と称された彼ならば、記録更新も不可能ではないでしょう。

ということで、石田雨竜の個人的に大好きな場面をご紹介。

やはり、VS涅マユリでしょうか。

⇩マユリの行動は、文章で読んでも胸クソ案件なので読むときは注意してください。

14巻より、尸魂界編にて、涅マユリと対峙する雨竜。

雨竜を殺すために、自分の部下ごと貫いたマユリの行いに憤慨するも、『疋殺地蔵』の効果により動くことができない。

痛みだけを残し、動きを止める残忍な斬魄刀の力の前に、弄ばれる雨竜。

そして、動けない状態でもネムを心配する雨竜を見て、マユリがふと口にした「滅却師の誇り」。

雨竜が問いただすと、マユリの口から衝撃の事実が語られる。

マユリが滅却師に対して行ったおぞましい実験の数々。

そして、最後に実験した滅却師を写した写真を雨竜に見せる。

そこに写っていたのは、原型を留めていない雨竜の祖父の姿…

「一番最近の奴は薄汚い爺さんでネ」

「弟子だか孫だかの名前をずーっと呼んでるんだヨ」

「気味が悪くてネ」

「寫眞見るかネ?どうせ研究後の写真だから…」

「原型を留めちゃいないがネ」

「…弟子の名は何と言ったかナ… いかんネ」

「どうも私は研究を終えた物に対する…」

「興味が…」

「…!…何だ…!?」

「…弟子の名を… …教えてやろうか…」

「雨竜… …石田雨竜だ」

「この人は石田宗弦」

「僕の師であり実の祖父だった人だ…!」

「ホウ… …で?」

「…井上さんが居なくて良かった…」

「この戦いは彼女にはとても見せられそうにない…」

「…滅却師の誇りに懸けて」

「僕は」

「お前を殺す」

「…ホウ」

この戦いの続きはぜひ読み返してみてください。

師匠であり祖父でもある大切な人のために禁じられた力を解放する、最早主人公な雨竜

「僕」と「お前を殺す」という言葉遣いのミスマッチが憎い演出です。

絵は言わずもがな、まるで詩のようなセリフを紡ぐ久保先生の細かな演出が好きです。

そして、クソ野郎のマユリですが、最後の「…ホウ」のときの表情については素晴らしいの一言

実験対象としての興味か、マッドサイエンティストの血が騒いだか、おそらくロクな理由ではないと思いますが、どんなに憎くとも、「カッコいい」と思わざるを得ない、これ以上ない表情をしているのです。

ぜひ、14巻の最後のページを見返してみてください。

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